今回は超ダラダラ雑記。
あまり誰かの参考にならないかな
最近、ふと思う。人って、ざっくり分けると2種類いるよなぁ、と。
コンテンツを「消費する側」と、「生産する側」。
何当たり前のこと言ってんの・・
YouTube見る側か、出す側か。
SNSで誰かのポストにいいねする側か、書く側か。
本を読む側か、書く側か
ブログを読む側か、書く側か。
飲み会開催する側か、参加する側か。
もちろん、人によって両面ある。ある場では教える立場で他の場面では消費者。
完全に生産・消費どっちか100%という人は少ない。
でも、“重心”はだいたい片方に寄ってると思うんです。
俺は元々、ガチの”消費する側”だった

告白すると、俺はまさに20代まで完全に”消費する側”の人間でした。
朝起きてX(当時のTwitter)開いて、誰かのつぶやきを眺める。
通勤中はYouTubeとかPodcast聴いて、知らない誰かの話を浴びる。
休みの日は本屋に行って雑誌や書籍を買い込んで、家でひたすら読む。
夜はテレビかNetflix。寝る前にもう一度SNS。
毎日、毎日。誰かが作ったコンテンツを、ひたすら受け取り続けてた。
しずろく普通に楽しかったし、何の疑問もないよね
でも、振り返ると、だいたい”あの頃の自分”の記憶って、薄いんですよね。
「あの本に何が書いてあったか」「あのYouTuberの動画で何を学んだか」、ほとんど覚えてない。
確かに部分を切り取ると、「読んだ本についてまとめて発信」みたいなプチ生産もあるんだけど、基本的には消費側。
消費したコンテンツって、びっくりするほど自分の中に残らない。
毎日のラーメンと一緒で、食べた瞬間は美味い。でも1週間後には、「先週何食ったっけ?」となる。それと同じ。
“生産する側”に回ったきっかけは、アルゼンチン駐在
転機は、5年ほど前。アルゼンチン駐在。
地球の裏側、日本人ほぼゼロの環境、慣れない言語、慣れない文化。
そして、意外と時間ができた。(暇って言わないでw)


日本での残業地獄に比べると、アルゼンチンの仕事ペースは穏やか。
家に帰ったら自由時間がたっぷりある。
その時、ふと思った。



「この経験、誰にも伝えないのもったいなくない?」
地球の裏側で、日本では絶対に味わえない景色や食べ物、文化に毎日触れてる。


これ、SNSとかブログに書いたら、面白がってくれる人いるんじゃないか?
そう思って、ブログとXを開設しました。これがこのブログの始まり。
同時にX(@Shizuroku1)も始めて、Instagramもちょこちょこ更新するようになって。“生産する側”に足を踏み入れた瞬間でした。
最初は、生産って超正直だるかった
これも正直に書くと、
最初の1〜2年、生産は普通にだるかった。


理由を挙げるとキリがない。
- 記事書くのは時間かかる。ブログなんか1記事に5〜6時間とかザラ。
- そもそも誰も読まない。当たり前だけど、書き始めたばかりのブログを読みに来る人なんかいない。
- 何のためにやってるか分からない。お金にもならないし、誰の役に立ってるかも見えない。
- 反応が薄すぎて病む。3時間かけて書いた記事のアクセスが、1日3PVとか。
- そして消費する方が圧倒的に楽。YouTube開けばすぐ満たされる。
ワールドカップでアルゼンチン優勝した時に現地からの感想記事とかマジで誰が読んでるんだろうと思ってた。


何回辞めようと思ったことか・・
「ブログとか、結局意識高い系の自己満じゃない?」「SNSで発信してる人見ると、ちょっと痛いよな」「俺は別にインフルエンサーになりたいわけじゃないし」。
こんな自己ツッコミを、毎週やってました。



それでも、なぜか続いた。
たぶん、惰性と意地と、ちょっとの好奇心。
5年経って気づいた、”生産する側”の景色
気がついたら5年経ってた。
そして、人生が変わったと本気で言える状況になってます。
こう書くと、よくある自己啓発みたいで恥ずかしいんですが、許してください。マジなので。
変化①:自己肯定感が、地味に上がった
ブログのコメントとかX のリプとかDMで、ぽつぽつと「ありがとうございます」というメッセージをもらうようになりました。


「アルゼンチン駐在の不安が消えました」「ブルーレートの記事で何万円も得しました」「ステーキ屋ガイド、本当にこの通り行きました」。
こういうメッセージが来ると、なんだろう、自分の存在が”誰かの役に立った”っていう実感がじわっと湧くんです。
会社の仕事とは違う種類の達成感。
会社では「上司の評価」「数字目標」「新規ビジネスの成功」が達成感の源泉。
だけどブログのは“見知らぬ誰かが、俺の文章で行動した”という、不思議に純度の高い別の達成感。



これ、お金じゃ買えない感覚です。
マジで。
変化②:オンラインがオフラインになった
ある時から、ブログ読者やXのフォロワーと、リアルで会うようになりました。
最初は怖かった。「ネットで会う人とか大丈夫か?」と。でもやってみたら、本当にいい人ばかりで。


アルゼンチン駐在中は、現地で同じく駐在してる読者さんとアサード(BBQ)や飲み会。
帰国後は、東京や関西でオフ会を不定期で開催。
X経由でブログ運営の相談を受けて、コーヒー1杯片手に2時間語る。


ネットで繋がった人と会うのって、すでに”前提”が共有されてるのが面白い。


「あ、この人駐在経験者だ」「あ、ブログ運営のあの記事の人だ」みたいに、初対面なのに知り合い感覚で話せる。


これも、“生産する側”に回らなかったら絶対に得られなかった人脈と体験。
変化③:”届ける”を本気でやってたら、何故かお金になった
これもあとでついてきた副産物。
「お金になればいいな」と思って書いてた頃は、全くお金にならなかった。
でも「誰かの役に立ちたい」と本気で思って書くようになったら、何故かお金になり始めた。
順番が逆なんです、たぶん。


初期の頃の俺は、ブログモチベーションの一環としてASP(アフィリエイトサービス)の数字を見てた。
「今月いくら稼げた?」と確認してた。記事も、稼ぎやすそうなジャンルを狙って書いてた。


結果、全く稼げなかった。読者も増えなかった。
あるタイミングで、考え方を変えました。
「お金は一旦置いといて、本当に俺が困った時に欲しかった情報を書こう」と。
アルゼンチンで強盗対策に苦労した話。
スペイン語を覚えた話。
物価がインフレで狂ってる中で生活した話。
日本人駐在員が転職する時に直面する壁。


これ、3年前の自分が知りたかった情報を書く感。
そしたら、なぜか少しずつ読まれるようになって、気がついたらブログが副業として成立してました。
WEBマーケやWordPressのブログ収入は毎月の本業の収入を越える勢いで最近色々考え中。。



稼ぐつもりじゃない時の方が、稼げる。
不思議だけど、たぶんこれは普遍的な真理。
余談:Claude Codeの素人が、オフ会主催してみた話
最近の話。
最近、AIすごいですよね。
Claude、ChatGPT、Gemini……。新しいツールが毎週出てくる。
キャッチアップするだけで一苦労。
俺もこれにハマってるうちの一人。
特に最近はClaude Code(クロードコード)を毎日使ってます。コード書いたり、ブログのリサーチに使ったり、文章の壁打ちしたり。


でも、最初はインストール方法から全くわからなかった。
ターミナル? Node.js? MCP? ……何それ。
ググりながら、エラーを潰しながら、3日かけてやっと動いた、みたいなレベルからのスタート。
少しずつ使い慣れてきたある日、ふと思ったんです。



「この幼稚園レベルの俺が学んだ知識、
誰かの役に立つんじゃね?」
俺と同じく「Claude Code気になってるけど、どこから手をつけていいか分からない」って人、絶対いるはず。
そう思って、あるコミュニティで思いつきの告知をしました。
「今更聞けない、Claude Codeを始めよう。玄人はいないので心配なく!」
こんなタイトルでオフ会を開催。(Claude と玄人かけたけど全力で滑りました笑)
正直、開催前は緊張しました。
「この前まで何も知らなかった俺が、誰かに何かを教えていいのか?」と。
でも当日、参加者全員が初心者で、結局“全員で迷子になりながら手探りする会”になった。笑
そして気づいた。俺、教えるどころかめっちゃ教えてもらってた。
参加者の中には、別のAIツールに詳しい人、Pythonに詳しい人、エラー解決のコツを知ってる人がいて、俺の知らない技がポンポン出てくる。



“生産する側”に回ると、
結局自分が一番得をする。
これ、5年ブログやってて気づいた最大の真理かも。
“教える側”に回ると、必死で勉強する。
“主催する側”に回ると、自然と人が集まる情報が来る。
“発信する側”に回ると、リアクションから新しい視点をもらえる。
生産は、消費を上回る最高の学習方法でした。
阿波踊りの言葉を思い出す。
この記事を書いていたら、阿波踊りの囃子唄を思い出した。
「踊る阿呆に 見る阿呆同じ阿呆なら 踊らなゃ損 損」
意味、調べたら、こんな感じらしい。
「どうせ人生は似たようなもの、見てるだけより踊った方が得だよ」
「物事の楽しさは、関わって初めて味わえる」
……いや、これ、まんま“消費 vs 生産”の話じゃん。



江戸時代の人、もう答えを知ってた。同じアホなら楽しいアホ・学びのあるアホの方がいいね。
YouTubeでバズってる動画を見るのは、楽しい。
誰かのバズったポストを眺めて、共感のいいねを押すのも、楽しい。
面白い本を読んで、知識を吸収するのも、楽しい。
でも、それは”見る阿呆”。
“踊る阿呆”になると、見えてくる景色が違う。
- 3時間かけて1記事書いて、誰かに「ありがとう」と言われる景色
- オフ会開いたら、知らない人が集まって、新しい視点を持って帰る景色
- 本気で「届けたい」って書いてたら、気がつけばお金になってた景色
これは、見るだけじゃ絶対に手に入らない。
「踊らなゃ損 損」
5年前の俺に、もし会えたら、こう言ってあげたい。
「だるくても、誰も読まなくても、ちょっとだけ生産する側に回ってみて。
5年後の自分が、めっちゃ感謝するから」と。
もちろん、生産が全てじゃない。消費にも消費の楽しみがある。両方バランスよくやるのが一番。
でも、もし「最近何やっても満たされないな」「人生、なんとなく流れてくな」って感じてたら、ちょっとだけ”生産する側”を試してみてほしい。
大それたことじゃなくていい。
- Xで自分の考えを1日1ポスト
- noteに気が向いた時に書いてみる
- 同僚や友達に、自分が学んだことを話してみる
- 趣味のオフ会を、自分で主催してみる
- 家族にだけ、ブログを見せる
最初の一歩は、なんでもいい。
でも、踊り始めた瞬間から、世界の解像度が変わる。これはガチです。



同じ阿呆なら、踊らなゃ損 損。
もし「俺もブログ始めたい」「SNS発信、何から始めれば?」という質問あれば、Twitter(@Shizuroku1)でDMください。
5年前の自分と同じ場所にいる人なら、何かしら手伝えると思います。
コンテンツを真面目に生産するのっていいよねて話。(ゴミコンテンツはNG!と自分に言い聞かす)









